石田芳弘氏(前犬山市長)の論文
「今こそ 地方議会改革」
(2009年2月20日発行『自治日報』より許可を得て転載)


(開かれた議会シンポジウムでの発言ビデオ)

 今年は必ず衆議院選挙がある。
 一昨年の参議院選挙で与党が過半数を割った結果国政は新しいパラダイムに入り、今年の衆議院選は政権交代をかけた選挙になりそうで、日本中の眼が国政に 注がれている。
 もとより国政は大事だが、私はむしろ地方の政治、地方議会の改革こそ、民主主義の成熟のためには必要であるという観点で論じてみたい。
 政権交代は政治の営みの中で最もドラマチックなものだ。日本史を見ても平氏の貴族政治から源氏の武家政権へ、江戸幕府の武家政権から明治維新による民主 政権へ、歴史のハイライトは常に政権交代にあった。
 現在わが国では国会での政権交代は憲法で保障された制度だが、実は地方議会ではこれが保障されていない。
 議員というのは選挙を通じて住民代表となり行政も包含した統治(ガバナンス)をするのが民主主義の原則でありながら、わが国では国会議員のみが「行政の 執行」にタッチでき、地方議員にはその権限がない、といことにまず気付く必要がある。
 表現を変えるならば、税金の再配分という政治で最も重要な仕事に地方議員は直接関与する立場にないのだ。
 もちろん、地方政治でも政権交代は起こるが、それは首長が交代する場合のみであり、二元代表性をとるわが国地方政治では議員は行政執行側の編成した予算 案を議決するに過ぎない。
 私は地方議員を十二年間経験した。議員という職業は「選挙運動」が思考の中心だった。又、「視察」が驚くほど多く、それはそれなりに勉強になり、人脈の ネットワークも広がり世間を広く渡ることができたが、肝心要の事業を企画し予算化するということは出来ない。どこまでいっても公共政策を「評論」する域を 出ないのだ。その点に消化不良を感じた私は、市長になることだと思った。
 予算編成は一年に一度だが、それに携わる意識は常時ある。市長としての経験、思いはすべて予算に帰結するわけだから、慣れてきた頃、ほぼ自分の価値観、 政治観を予算に反映することができ、市長職は政治家として達成感を満たされた。
 市長時代、姉妹都市であるアメリカやドイツの都市を訪れ、市長や職員と接する機会があった。アメリカの姉妹都市の市長は市会議員の一人が務めていたし、 ドイツの市長は、選挙で選ばれるものの本業は他にあり、市長職はほとんどボランティアだった。
 昨年、東京財団研究員として「中央集権国家」日本の対極にある世界一の「自治の国」スウェーデンの地方議会をつぶさに見て回った。
 選挙は比例代表制で、政党への投票となる。選挙後、まず議長が就任し、議長が中心となり当選議員の中から市長と行政の各セクションの部長を決める。
 いわゆる議員内閣制が地方自治体でも実施され、選挙を経て民主主義における権力行使の正統性(レディティマシー)が一元化され、非常に分かり易く、合点 が入った。
 スウェーデンのみならず、欧米では地方自治体が議員内閣制を採用し、選挙で選ばれた議員が市長となり、又行政の執行者になっているケースが多い。
 先進国の地方の統治構造は多様性に富んでいる。
 日本もここ十年来地方分権が時代の潮流となり、遅々とではあるが進んでいる。しかし、地方分権は言ってみれば中央政府の持つ権限を地方自治体に委譲する という「官対官」の問題であり、民主主義の原則から言うと、主権者である国民の代表である議員が行政のイニシアチブを握る議会改革があってこそ、自治の精 神は実現される。
 地方議員と議会が、税の徴収や配分に直接コミットでき、予算編成や行政の執行に従事できることが、真の「代議政治」ではないだろうか。
 そうなれば、国家の運営は間違いなくスピード化される。中央政府の意思決定より、地方政府の意思決定の方が格段に早いからだ。
 法律を改正し、地方の統治構造を議員内閣制にすることが、日本再生の一つの鍵だと強く信ずるものである。

Greens千葉〈連載3〉
前犬山市長 石田芳弘氏から
民主主義社会をめざした究極のアプローチ
〜地方議員選挙は比例代表制で実施、市の部長職は議員が兼職で〜
08・8・3「ヨーロッパの地方自治と選挙
〜元気なまちは選挙制度改革から〜」報告(『Greens千葉』10号掲載)


田口 房雄 (「開かれた議会をめざす会」会員)

 石田芳弘氏は、国会議員秘書をへて愛知県議と犬山市長を3期ずつされた後、昨年の愛知県知事選に立候補、現職と2%差で次点という超惜敗でした。
  
 「国政よりも地方政治の改革のほうが早いし、身近でリアリティーがある」「議会は世の中の縮図にしなければいけない」といった、民主主義の原点にかかわ る極めて的確な指摘を聞くことができました。
 「みどり千葉」の関連団体「みどりのテーブル」が、前回の参議院選挙の際に作成した川田龍平さんのマニフェストに「自治体議会についても比例を基本とし た選挙制度を導入して、住民の意志を適切に反映できるようにする」との文言があります(『Greens千葉』8号参照)。石田氏がまさにこれと同じ主旨で 発言をされていることを偶然に知り、「みどり千葉」として今回の講演を企画しました。ヨーロッパのような「みどりの党」を日本でも立ち上げようとしている 私たちにとって、石田氏の発言は大変に勇気づけられるものでした。
 スウェーデンを訪問して、石田氏は「自治体議員選挙は比例代表制にするべきだ」と主張しているのですが、その背景にあるのは県議時代の生々しい経験でし た。「県議たちが集まってする話の8割は、『どうしたら次の選挙に当選するか』といった情報交換でした。」それが彼の属していた保守系会派の当時の実態 だったそうです。この呆れた状況も、議員の責任というよりは、個人に投票する現行選挙制度の宿命だと私は感じています。ただし彼は、「首長たちが集まった ときの90%は政策検討の話だった」と付け加えていました。
 さらに石田氏は、「首長と地方議会による現行の二元代表制は間違いのもと、日本はごまかされてきた。議会中心の一元代表制(国と同じように議員から首 長・各部の部長を選出する制度)に切り替えるべきだ」と主張しています。つまり、行政の部長職は議員が兼職であたるべきということですね。さらに「一元代 表制が憲法違反にあたらない」とする論拠として日本国憲法前文を読みあげ「議員というのは国民の代表だと書いてある。ここから憲法が始まっているんです よ。地方議員が行政をやってはいけないとは憲法のどこにも書いていない」と、話しています。知事と県議会が互いに「自分たちが県民の代表である」とした不 毛の対立を演じた長野県を例に出し、「首長と議会がねじれたときに混乱しやすい」と、二元代表制の問題点を指摘していました。
 石田氏はその打開策として、スウェーデンの執行委員会制を紹介してくれました。「地方行政の部長は全員、議員を兼ねていてフルタイムの給料が支給され る。これらの行政ポストは各政党の得票率に比例して配分されるので少数政党にも相応に与えられる」とのことでした。執行部に入らない者はボランティア議員 として、給料はかなり低いのだそうです。石田氏は日本の現状を指して「市長部局予算のチェックだけに終始するならば議会そのものが不要、監査委員会だけで 十分である」「首長が絶大な権限を握る現在の二元代表制は、熱意ある議員にとって意欲を低下させてしまう。制度選択については各自治体の自由意志に任せる べきだ」としています。「議員に直接行政にあたらせ、予算も自分たちが作ることで議会に責任を持たせるべきだ」というのが彼の根本的な考えです。今の日本 における首長選挙ではたくさんの死票が出るか、二大政党相乗りによる事実上の無投票選挙になりやすく、民意が反映されているとは言えません。そうした観点 からも、西・北欧のような執行委員会制が優れていると私は考えます。
 
【参考】愛知県知事選 結果(07年2月4日投開票)
 
神田 真秋 (自民応援)1,424,761 48・4%
石田 芳弘 (民主応援)1,355,713 46・0%
あべ 精六  (共産応援)160,827   5.4%
 
男女共同参画、学校教育への提言

 議会への男女共同参画がなかなか達成されない現状への苛立ちを石田氏がこう語っていたのは印象的でした。「犬山市では10年前から話をしていたのに遅々 として進まない。スウェーデンのように比例代表制にして政党名簿に男女を交互に登録しておけば、放っておいても女性議員は増える」とのこと。
 学校教育に対して、石田氏は大胆な提言と力強い改革を実行してきました。犬山市と言えば07年2月に行われた「全国統一テスト」を、唯一拒否した自治体 として有名になっています。テストは「文科省の強制力のない行政指導だった」ことに着目し、「例え裁判になったとしても、自治体は国と闘う姿勢を持つべき だ」と言うのです。そして、15歳の若者たちが政党活動に参加しているスウェーデンの実態を話した上で、「日本でも15歳以上の子どもたちに政治教育をす るべきだ」との思い切った主張をしていました。あちらでは首長選挙がないうえ、議会も政党中心の選挙であるため、中立性を求められる学校現場でも政治教育 カリキュラムとして選挙を扱うことは容易なのだろうと想像できます。全人的な教育としても好ましい題材となるでしょう。  
 スウェーデンでは選挙権のみならず被選挙権も18歳から与えられていることも画期的なことですね

費用対効果の観点で〜今すぐ試行の準備につこう
  
 今回の話の中で最も重要なことは、民意や男女比を反映させた地方行政制度の実例でした。スウェーデンでは、行政の失政は政党の得票数の減少に直結するの で、日本の役人組織と違って良好な競争原理が働くのではないかと想像できます。石田氏の話を聞いていて私は強烈な躍動感とともに、次のような意気込みを感 じ取り、私は強くひきつけられたのでした。『このままでは日本は壊滅的な打撃を受けるだろう。残された時間はあまりないからこそ、デモクラシーの真髄をつ いた改革が早急に必要なんだ』と。
 この報告に対して先日、石田芳弘さんから次のメッセージをいただきましたのでご紹介します。


「私のムネの内を実に的確にレポートにしていただいて爽快です。
千葉県に最も親しい友人を得た思いです。
われわれの思想と運動は必ず、
日本全体の心ある人々に伝わって
行くと信じます。強い情熱と
使命感を持って、研究を続けたい
と思います。ありがとうございました。」

[本稿を短くした版は『もうひとつの世界へ』 No.17(2008年10月1日刊行)にも掲載されました。]